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東京地方裁判所 昭和45年(特わ)1041号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和一九年九月に○○大学医学部を卒業したのち、一時大学の小児科や内科に勤務し、昭和二八年二月に免許を受けた医師で、昭和二二年一二月ごろに歯科医をしていた甲野太郎と結婚したのちは、もっぱら主婦として家事にあたり、医業から離れていたものであるところ、昭和四二年七月に夫が死亡したため、昭和四四年五月末ごろ東京都大田区大森東四丁目一五番一号に大森東診療所を開設し、自らその管理をしていたのであるが、医師として雇いいれた木内杉男および謝新塘の両名が、医師の資格のない、いわゆるにせ医者であることを知りながら、これと共謀のうえ、別表記載のとおり、同年六月一〇日ころから同年一〇月六日ころまでの間に、右診療所において、右両名に、相原歌子ほか九名の患者に対する診察、注射、投薬などの診療行為をさせ、もって、医業をしたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

法律によると、判示所為は、医師法三一条一項一号、一七条、刑法六〇条、六五条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役一年に処し、諸般の事情を考慮して、同法二五条一項一号により、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により、負担させないこととする。

(刑法六五条一項を適用した理由)

刑法六五条一項の身分は、判例・学説上、一定の犯罪行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位または状態を指称するものであることに一致している。ただ、学説の中には、右の特殊の地位または状態の説明として、身分はこれを有することが特殊で有しないことが通常であるものでなければならないとするものがあり、判例の中にも、たとえば、大審院昭和一二年一〇月二九日判決(刑集一六巻一四一七頁)のように、一般には禁止されている選挙運動をする資格のある選挙事務長が、その資格のない者と共謀して、候補者に当選をえさせる目的で金員を選挙運動者に供与した事案について、選挙事務長も無資格選挙運動の罪の共同正犯になることを認めながら、刑法六五条一項を適用すべきではなく、その精神にのっとるべきものにすぎないとしているものがあり、右のような考え方によっているのではないかと思われる。

しかし、特殊の地位または状態というのは、そのような地位または状態にあることが特殊で、そうでないことが通常であるということではなく、特定の地位または状態にある者だけを犯罪の主体とするという意味で、そうでない一般の者に対して特殊であるというだけのことであると解すべきである。けだし、特定の地位または状態にあるということが特殊であるとか、そうでないことが通常であるとかいうようなことは、身分犯の本質に照らして重要なことではなく、要は、構成要件上、犯罪の主体が特定の地位または状態にある者に限定されているか否かにあるわけであるからである。

ところで、医師法三一条一項一号、一七条の罪は、犯罪の主体が医師でない者に限定されているのであるから、同罪は刑法六五条一項の身分犯であると解すべきであり、被告人のような医師である者に同罪の成立を認めるには、同条項を適用するほかないわけである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本武志)

〈以下省略〉

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